ウォンツ代表に就任して依頼気がつけばもう半年以上!!感覚的には、まだ1〜2ヶ月ぐらいのもので、時の過ぎるあまりの速さに驚いています。(前回のブログエントリからもなんと一ヶ月近くたってる...σ(^_^;)
この調子で行くと、ほんとにすぐ2〜3年経ってしまいそうで、ちょっとおののきます。
ふと思い返すと、ウォンツに入社したのが6年ほど前。
大学を卒業→フリーター→テレビゲームのBGM製作→デザイン会社勤務→フリーデザイナー独立→現在に至る...って感じの職歴なのですが、こうやって転々とする度に、当たり前ですがイチからスタートになるわけです。
新しいスタートを切ると、右も左も分からない時期がしばらく続きます。足をひっぱりたくないし、できない自分が許せなくて、何日も寝なかったり、泣きそうになりながら必死で勉強したものです。
特に、音楽の仕事をやめて「次はデザインやりたい!」と思った時などは、確か既に27歳。専門職で27歳の新人を育てるというのは、会社にとってもちょっと難しかったりしますよね、現実問題として。
なので、どうしたかというと、某広告代理店に見様見まねの作品を持ち込んで、「給料要らないから下働きさせてください」という、何のひねりもない就職活動をしたわけですw「使えるようになったら給料ください」と。
その結果、そんな熱意を受け入れてくださって、ちゃんとお給料ももらって、晴れてデザイナーになりました。
いや、ほんとに文字通り、初日から仕事を与えられ「今日から君はデザイナーだ」と(!)
周囲の人は優しいのですが、環境としては半端なしの待ったなし。初日の仕事が終わったのは午前1時半でした。。。(えらい世界に飛び込んだもんだ...)と思いながら帰ったことを覚えています。
そこから、約2年。怒濤の修業生活が始まりました。
「締め切り超えたら仕事を落とす」
「でもどうしたらいいかさっぱり分からん」
「教えてくれる人もいない」
「眠い...でも寝れない...」
「そんなこと言ってる間に締め切りがせまる」
「あせる...余計アイデアもでない」
「誰か助けてくれっ!」
「なんて言ってる間に締め切りが...」
(以下繰り返す)
そんな毎日でした。その会社にデザイナーはわたし1人だったので、独学するしかありません。本を買ったり、雑誌や新聞の広告を見て、それを真似たり...とにかく必死で勉強しました。時には寝不足すぎて、耳元で車のクラクションがなり続くような幻聴を聞きながら仕事しました。
今思うと、よくやったよなぁ...と思う反面、働くって、生きるってそんなもんだよなぁーーという当たり前的な感覚もあります。
そして、今。
35歳になって、また新たなスタートラインに立ち、その頃のことを思い出したのです。しかも、デザインの勉強の時とは違って、分かりやすいお手本は雑誌にも新聞にものっていません。
今回はモノマネを続けてごまかすワケにはいきません。人の話に耳を傾けつつ、自分というものに真剣に向き合って、たくさんの仲間と力を合わせて、会社を事業を通して「じぶん(たち)」の存在を表現しなくてはいけません。
それは、とてもカンタンなことではないと思います。
ですが、こうやって何度も学び直す機会をたくさんもらえる自分の人生に、与えてくれる人たちに感謝を感じます。
わたしは、小学校3年生のころから、仏壇に手を合わせるときは毎回
「ちょっとしたことで悩まない、でっかい優しい人間にしてください」
とお願いしていました。
なぜお仏壇に願い事を...というのは置いておいて、もしかしたら、その願い事を叶えてくれるために、何度もスタートラインをもらってるのかもしれないな...なんて思うのです。