今日は月に一度のウォンツ月例会議。
前の会社・その前の会社では、会議って
苦痛以外の何者でもナッスゥイングだったけど、
ウォンツの会議は本当にイイ。
むしろ癒される。正直。
ところで、会議の中で代表どんまいが面白い話をいくつかしてくれて、
その中の一つに『身体性』という言葉があったんだけど、
これ今振り返ってみると曹洞宗宗祖道元禅師の教えにつながるものがあるな、と。
『身体性』っていうのは、
何でもいいんだけど、
例えばPCソフトのインターフェースなどにも、一見無駄とさえ思えるアナログテイストを加えてみる、ということ。
お絵書きソフトでいえば、カラピッカーで一発で思う色を
指定するのではなく、
絵の具をパレットにブチュッとやって、
筆でぐりぐり混ぜる動きを再現してみるということ。
いわゆる体を使って実際に作業しているアナログ感覚を大事にすることがいい、と。
文章でも何でも。
この対極が「知識だけ」である、と。
これはやっぱりちーとも心を動かさんのだ、と。
そういえば、昔あるちょっと偉そうなカンジの人から、
よく話を聞かされたんだが、
内容は結構うまいことまとまってて、いいカンジなんだけども、
何故かグッと来ない。不思議なぐらいに。
いや、実際結構スゴイ人なんだろうなぁ、とさえ思うんだが
心は全然動かんかった。
これはやっぱりその言葉の裏に、
実際の体験が伴ってなかったからじゃないかなぁ、
と今になって思いますな。
そしてさらに自分を振り返ってみて、
「なんか分からんかったけど、どう思った」というような、
その時その時の抽象的な気持ちの裏付け、
=「じゃあ、なんでそう思ったのか」
を都度自分に問うてみることが、『身体性』を鍛えることになるのでは?
と反省するに至ったワケで。
ここで、道元禅師の
【体験は、人に伝える言葉を持って初めて体験となる】
という教えに繋がる。
昔の会社の人に、
『なんでウチの会議は面白くなくて、ウォンツの会議は面白いんだ?』
と聞かれて、
『いや。なんとなくそう思うんですよー』
では、今の会議の面白さも体験として成立しないから、
それはなんとも切ないし、アホっぽい。
体験すること、そしてそれを伝えることで生まれる感動こそが、
『身体性』の核心なんではないかと。
だから、もっと体験をブログで毎日伝えろ>オレ てへっ。































