昨日は、ヨメとヨメの誕生日を祝うべく、
焼き肉パーチーに行って参りました。
で、大好きなブ厚めの、タン塩を食べながら、
「ウォンツサークル宣言」について話をしていたワケなのですが、
その中で、深遠なる「ギャップ理論」に気がついてしまった。
いや、今までも、知っていたつもりやったんですが、
なんか、「府に落ちた」というか、
もう1段階「ストン」とキレイに収まったカンジ、というか。
「ウォンツサークル宣言」の中で、我らが代表どんまいは、こうのたまっておられます。
以下抜粋----------------------
企業論では禁忌とされる「学生気分」。あるいは「サークル気分」。大正解であろう。しかし私たちは敢えて提言したい。両方やりゃいいじゃん。と。
利益も当然大切、というかそんなの当たり前だろと言いたい。呼吸レベル。むしろウォンツはそこらへん未成熟ながら厳しいほうだろう。だけど何のための人間かと。遊びがあるからこその人間であると、パチンコ屋で隣に座ったおじいちゃんが言ってたよ。
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「両方やりゃいいじゃん」
まさにこれこそギャップ理論の核かと。
片方だけを突出させることが、必ず後々の無理を招くんじゃなかろーかと。
それは結局、不自然なんだろーねー。
「闇あってこその光」
やっぱりそんなカンジ。
光ばかりを求めて、その結果「全てが光」になってしまえば、
今度は光の存在に気がつかなくなると。
どこにでもある、ということは、どこにもない。
Nowhere(どこにもない)ということは、
Now Here(今ここにある)という素晴らしい親父ギャグもありましたが。
これは、つまり、人間界の価値観っていうものは、
全て相対的なものであり、
「長い」棒は、より長い棒の出現によって、
途端に「短い」棒になってしまう。
「善」を求めれば、その行動規範から外れるものを
「悪」として創造してしまう。
これは仏教でいう「空」の思想よろしく、
絶対的な存在はあり得ないんだ、と。
この矛盾こそ、「聖なる二分法」。
タン塩をウーロン茶で流し込みながら、
「ギャップ理論」「空の思想」「聖なる二分法」が
グルグルと頭を駆け巡り、
やっぱりボクの人生の命題
「バランス」という単語にストンと落ちたんですよね。
またまた仏教でいう、「中道」を求めんがために、
【ステップ1】
片方ではなく(←これが今回の再収穫)、
両方の極端な道をまず求め、
【ステップ2】
その極端から、導き出される、
丁度よい、適当な収束点を求める。
これこそ、「人生のやじろべー」になるタメのバランス感覚じゃなかろーか、と。
どんな不安定な場所でも、
揺れながらも、足下は実はシッカリとするための。
こんなことを、ヨメに力説してたワケなんですが、
あんまり、おもんなかったらしく、
サラリと流され、友達の話へフェードアウト(笑)。
理屈に頼らずたくましく生きる、女性の素晴らしさを、
スネながらも、垣間見た瞬間でした。
これも、どっちも必要なんだろうな〜。
などと、大層なことを考えていても、
焼き肉代金のおつりが¥1,000も少なかったら
さすがに文句いっちゃうよ。
これで2回連続やで!
レジちゃんとうとうぜ〜!!




















