「スキャンダル」はよく聞く話ですが、別段わたしはスキャンダルの対象になりません。
それは何故でしょうか?
理由は簡単で国民的に有名ではありませんからね。
本来であれば、
「叩いても出てくるような埃はない!」
と誇りを持って言いたいところですが。。。
・・と、前置きはこれぐらいにしまして、「スキャンダル」の語源を辿りますと、
ギリシャ語の「スプリング式の罠」だそうです。
語源から考えますと、スキャンダルとは誰かが罠を張らないとスキャンダルにはなりません。
スキャンダルを暴こうとしている側に、何かしら意図があるということになります。
(最近のテレビや週刊誌の目録を見ていると、悪意に近いものを感じますね)
なので、たとえばわたしが何かをやらかしても、スキャンダルにはなりません。
(新聞には載るでしょうが、これはスキャンダルとは言えません)
つまり、スキャンダルの真の当事者は、騒ぎたてている側になります。
これと同じように、騒いでいる本人のほうが問題であったりすることが多くあったります。
「わたしはあなたの言葉に傷つきました」
・・と言う人がいますが、本当はそのように言っている本人が
自分も相手も傷つけていることに、気が付いていないのも同じことですね。
本当に強い人は、自分を傷つけることができるのは自分(自分が受け入れた時)だけ
・・と知っていますから、そのような時があっても黙っているもんだと考えます。
今日はちょっとスキャンダルから考えてみました。
